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京料理 舞妓ミュージアム&カフェは?


このお店のこと紹介させてもらいます。
京都は、古くから芸に伴う文化が栄えて参りました。
特にこの祇園は、花街として由緒ある建物や伝統工芸品が沢山あります。
その中でも舞妓さんは、昔からの祇園の花どす。かんざし・着物・半襟・帯・帯止〆・おこぼなど、どれを取ってもきれいどすやろ。

昔のお旦那衆が自分のひいきする舞妓を、他のお旦那衆がひいきする舞妓にまけないよう祇園街の決まりごとの内できそった結果、今の舞妓さんに見られる当時の粋を集めた工芸品で着飾るようになったそうどす。本当に芸術品どす。
そんな素晴らしいものでも、今では一般に見る機会が少のおす。
また、そんな博物館(ミュージアム)もおへんし、それで、少しでも昔の祇園のものを見てもらいとうて、こんな名前のお店になったんどす。

この家が建てられたのが明治30年(1897年)。
第一回オリンピックが1896年にアテネでおこなわれたそうどす。
日本国では、明治37年(1904年)に日露戦争が始まったそうで、古い話どすやろ。
そやからこの家が博物館みたいなものどす。
この家の最初は、鶴今というお茶屋さんどしたんどす、そして、お寿司屋のすし権さん(1966年)、うどんやさん(1968年)、活魚料理屋さん(1974年)、ステーキハウスさん(1984年)、それからクラブさんが3つほど替わりましたんどすえ。
もし良かったら店の壁、見ておくれやす。
透明なコップの穴から、そのときどきの壁が見られるようにしてあります。
柱にもその年が書いてありますやろ。
それとこの店には防空壕があるんどすえ。びっくりしますやろ、今では、物置きにしておりますけど、昭和20年(1945年)頃に作られたそうどす。

次に写真や飾ってあるものを説明させてもらいます。
写真は、写真家の小林文司先生が、昭和の初期から撮られていたものを分けて頂きました、今では、歌舞伎界や芸能界にお嫁に行かれた人や貴重な写真がたくさんあります。
飾り物では、四季折々の花かんざしや舞妓さんのお化粧道具、半襟、おこぼ、
舞妓さんの髪を結う時に使うつげの櫛、そして、都おどりが明治5年(1872年)に
始まった時に配られたお皿などです。
これらは、1年に何度か替えております。ぜひ見ていっておくれやす。

この店の内装は、京都芸術短期大学の先生でもある、建築家の中村勇大さまにしていただきました。真っ白できれいどすやろ、舞妓さんや、飾り物、そしてお客さま自身の色が映えるようにしてあるのどす。
壁は、ポリカーポーネイトという素材で出来てるそうどす。
入ってくるとき、のれん見てくれはりましたやろか。
これも京都芸術短期大学の八幡はるみ先生に製作してもろたんどす、次からはこの大学の学生さんが製作した最優秀作品を飾っていただけるそうどす。
どうぞ、お楽しみにしておくれやす。

舞妓ミュージアム&カフェの「カフェ」の意味は、中央の舞台の上に有ります。
「人盡楽」(じんじんらく)の額から来ております。
この意味は、人ことごとく集まり楽しむということだそうどす、ここをお客様の皆様の団らんの場所になったらとの願いからどす、この額は、京都の、東寺事務長の砂原秀遍和尚さんに書いてもらいました、惚れ惚れするような見事な筆跡ですやろ。
毎日、このような日が来るように心から合掌しております。

どうぞ、これからも、この店をごひいきに、よろしくおたの申します。

店主 上野勝也

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